ゲーム機の起動音のエモさ

久しぶりのブログになってしまった。

熱しやすく冷めやすい性格をどうにかしたい。

これまでの人生でずっと続けてきたことがないことに、ふと悲しくなった。

最長で継続していることが、大嫌いな労働というのは皮肉なものだ。

濃い目のハイボールを飲みながら、そんなことを考えていた。

氷の解ける音はといえば、コーラかカルピスだったのに、いつの間にかハイボールかアイスコーヒーを連想するようになった。自分の中の『普通』も、時とともに変化している。

継続していたことで言うのなら、昔は、テレビゲームが大好きだった。

暇さえあればしていた。暇がなくてもしていた。

初めに手にしたのはファミコンだと思う。

マリオブラザーズタートルズくにおくん。懐かしい思い出だ。

その後も、学校から帰るとプレステかゲームキューブの毎日だった。

友達と外で遊んだとしても、夜には必ずやっていた。

熱があって具合悪いのにもかかわらずやっていた日のことも覚えている。結局その日は、吐いて数日間寝込むことになった。

ゲーム機の起動音を聞くと、そのときのことを鮮明に思い出せる。

起動するまで30秒もないだろうが、その間の待ち遠しさやワクワク感はとても心地よかった。

プレステのデューーーーーーーン、キラキラキラ。

PS2の、ダーーーーーーン、シューーーーー。

ゲームキューブのトゥントゥクトゥクトゥク音。

どれも懐かしい。

それぞれ何千時間やったんだろう。時間を見ておけばよかった。

まともにやった最後のゲーム機はPS3。もう何年も昔の話になる。

なんとなく、ゲームの時間が勿体ないような気がしてしまい疎遠になってしまった。

いまや、ゲーマーも職業になる時代だ。

ゲームで食っていけるなど微塵も思っていたなかったが、あのときの本気を続けていたら、今と違う人生だったのかなと思ってみたりする。

たらればならいくらでも言えるが。

 

久しぶりに起動音を聞いたら、ゲームがしたくなってきた。

あの時代には帰れなくても、今は今で楽しいと思えるかもしれない。

楽しめなくても、それは自分の中の変化だと思う。

今の積み重ねが、思い出に厚みを持たせてくれていることを再認識した。

そんな三連休明けだ。